
マンハッタンの6番街と5番街の間の52丁目には「スウィング・ストリート」という標識が立っている。この界隈では1930〜50年代に多くのジャズ・クラブがひしめいていたためだが、これらのクラブの前身は、禁酒法時代(1920〜33年)のモグリ酒場だった。これらの酒場は“スピークイージー”と呼ばれ、当時はこの一角だけで30軒以上を数えたらしい。ジャズ・クラブはその後ビレッジなどに移り始め、60年代末になると完全にこの通りからは姿を消したが、かつてのスピークイージーが1軒だけ、高級レストランとして今も残っている。かの有名な「21」クラブだ。
表にカラフルな騎手の人形が並ぶこの店は、1929年の大晦日に開店しているため、今年で80周年を迎える。時代を通して、客には著名人が多く、大統領もG.W.ブッシュを除いてF・ルーズベルト以来全員が来店。ヘミングウェイも常連で、フランク・シナトラは店のスタッフに100ドルずつチップをばらまいていたというし、ハンフリー・ボガードがローレン・バコールにプロポーズしたのもこの店だ。映画やメディアに登場した回数も、NYのレストランの中では群を抜いて多く、最近でもSex and the City、Apprentice、The Real Housewives of NYCなどのテレビ番組で目にした。
でも、この店を訪れた時に頭をよぎるのは、やはり禁酒法時代のこと。当時は、常にドアマンが外を見張り、警察が入ってきそうになると警告ブザーで店内に知らせ、それを合図に客はテーブルの上にあるアルコールを全部飲み干すことになっていたらしい。同時に、ボトルが並んだバーの棚もクルリとひっくり返り、アルコール類は全て瓶ごと下水道に落ちていく仕組みだった。さらに、今では人気のパーティルームとなっているが、秘密のワインセラーが隣のビルの地下にあり、からくりドアで頑丈に目隠しされていたので、何度ガサが入っても違法営業の証拠は見つからなかったという。もっとも当時の市政は完全に堕落していたようで、市長もこの店の常連客だった。陰でこっそりやる小さな悪事ほどスリルと快感に満ちたものはない。ましてや、パワフルな人々が着飾って集まり、皆で共犯者となるゲームはたまらなく刺激的だったことだろう。
現在のオーナーであるオリエント・エクスプレス・ホテルズは、真北の53丁目に新しいホテルを建て、レストランと接続して、「21」という新ブランドを展開する予定だったが、金融危機のあおりでこの計画は今年3月に流れた。毎年多くの新しいトレンディ・レストランがオープンするマンハッタンでは、こういう古い店に足を運ぶのは後回しになりがちだが、行けるうちに行っておかなければ、絶対に後で後悔することになる。

ラムの赤ワイン煮
パンを敷いたようにも見えるが黄色い部分はポテト・ピューレー



